認知母の介護ときどき猫

認知母の介護と孫の世話が重なり仕事を辞めてしまったアラカンの私に待っていた現実を書いています。

おもえばあの時が介護の始まりだった

初めまして。

保護ネコ3匹と家ではほぼ動かない旦那と暮らしてる佐藤ノラです。


子どもが成長してきたな~と思い、そろそろ自分の楽しみをしなきゃ、っ手考えてた矢先。元気だった母が突然、体調を悪くしたのが約10年前。


そのころから介護生活の入り口に半強制的に片足を踏みいれてしまいました。


それから10年。


わたしも老いを感じながら母の介護継続中。


介護スタートを振り返る


あれはわすれもしない約10年前のある日。

 

4人の子供の教育費や生活費を養うため昼と夜、占いカフェを経営してた私。

 

昼の部を終えると自宅の夕ご飯の材料を買いに最寄りのスーパーへ直行!


4人の子供のうち、長男と長女はすでに自立。


2女の3女とほぼ家では動かない旦那のために夕ご飯を作ります。


夕食の買い物を終えて自宅に帰る途中。


携帯電話にかかってきた母からの「助けてくれ~」

「腰が痛くて歩けん・・・・」


自宅から約5分のところにある実家に行ってみると・・・・
母が眉間にしわを寄せてウ~ンとうなってるwwww

 

「腰が痛いし、歩いたら右足がしびれて歩けん」
というではないですか・・・・・

 

それまでは山登り、卓球、テニス、スイミングとイケイケゴーゴーの70代を謳歌してたのに・・・・・

見るからに辛そうだったので知り合いの鍼灸師のところへ直行!

 

鍼を打ってもらったらとりあえず痛みは治まったけど、帰宅してコルセットをしたとたん痛みがぶり返したようで、「痛い!」と叫んだ母。

 

今度は救急で受け付けてくれる医療センターに直行!


腰のレントゲンを撮ってもらったら推看板ヘルニアということ。

 

背骨の骨と骨の間でクッションになってるはずの推看板が顔をのぞかせて神経を圧迫してるのが原因。


それまでは腰が痛いということは一切なかったはず。
「何か思い当たることはない?」

って問いただしてみると、テニスをやってるときに思いっきり尻もちをついた。
ということ。

もしかしたらそれが原因かも。


とにかく本当に痛そうで歩けないのでその日はそのまま入院。


その後、神経をブロックする注射をして退院。

 

だけど、劇的な変化はなし。


退院した後も毎日「痛い、痛い」というのです。

 

しょうがないので昼の営業が終って買い物をした後に毎日、足をさすりに

母の元へ。

 

なんとかしようと近くにある整形外科で毎日、注射と電気治療を半年以上続けたけど

イマイチでやはり「痛い、足が痺れる」と訴えてくる。


最終的にもう一度、しっかりとレントゲンを撮ってもらい神経を圧迫してた

飛び出した推看板を手術でカット。


これで痛みもなくなるって思ったけど・・・・

相変わらず痛いという。
もしかして精神的なもの?

人間って痛みが続くなど体調が悪い時期が長引くと他の病気も引きよせる。


ある日、実家に行ってみると「風邪をひいて下痢が続く」と母。
もともと便秘体質だったので

「腸がきれいになるよ」と私。


軽く考えてたことが大変なことに!


翌日、昼の仕事を終えて夕飯の買い物を済ませ自宅に向かってると、携帯電話がなり

「もしもし」と取ってみると
「○○病院ですが○○さんの娘さんですかね?」
「はい、そうです」
「お母さまが入院されました」
「行きます」

母が50代後半に肺がんの初期で手術した病院からの電話だった・・・・・・・。

 

続く